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東京高等裁判所 昭和41年(行ス)3号 決定 1966年5月06日

抗告人(被申請人) 都留市長

相手方(申請人) 一木昭男

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

(抗告の趣旨と理由)

抗告人代理人は、「原決定中相手方に関する部分を取り消す。相手方の申立を却下する。手続費用は原審および当審とも相手方の負担とする。」との裁判を求めた。その抗告理由の要旨は、「相手方は、都留市立都留文科大学の助教授であるが、抗告人は昭和四〇年九月一五日付で相手方を地方公務員法第二九条第一項第二号によつて懲戒免職処分に付した。相手方は、甲府地方裁判所に右処分の効力停止の申立をしたところ、同裁判所は、昭和四一年一月二八日、相手方がかねてから行つていた高地における体力医学的研究について昭和四〇年四月文部省科学研究費補助金の交付を認められていて遅くとも昭和四一年四月一〇日までに文部大臣に対し研究の実績を報告しなければならない関係上、本件処分の効力を一時停止して右研究の続行ならびに実績の報告をさせる必要があるという理由で、相手方の申立を認容する決定をした。しかしながら、相手方が文部省科学研究費補助金を受けて行つた研究は、昭和四一年三月二八日付をもつて文部省大学学術局長あてに報告書を提出したことによつてすでに完了しているので、本件処分の効力を停止する必要性は消滅するにいたつている。かりに、ひきつづき研究を続行する必要があるとしても、その研究は相手方が大学教官の資格を持たなければできないとか、都留文科大学の学生を使わなければできないという種類のものではないから、本件処分の効力を停止する緊急の必要があるとはいえない。そこで、原決定を取り消した上相手方の申立を却下する旨の裁判を求める。」というにある。

(当裁判所の判断)

疏乙第二九号証によると、相手方は、昭和四〇年度文部省科学研究費補助金の交付を受けて行つていた高地における体力医学的研究について抗告人のいうとおり昭和四一年三月二八日付で文部省大学学術局長あてに実績報告書を提出したことが認められる。しかしながら、相手方が従来行つている右研究が社会的にきわめて価値あるものであることは、同研究につき文部省から研究費補助金の交付が認められたという事実によつても十分にうかがうことのできるところであるから、補助金交付にともなう報告書提出の義務が右のとおり完了したとしても、それは、同研究における一つの過程を経たというべきものにすぎず、それによつて相手方がもはやその研究を続行する必要がなくなつたと判断することは適当でない。むしろ、相手方は不断にその研究を継続してこそ社会に貢献できる研究の成果をおさめることができるのである。そして、相手方が研究を続けるためには、その題目が前記のとおり高地を対象としていることからいつて、都留文科大学の教官としての身分を保有することがきわめて必要である(富士山に近く、大学の実験施設を利用することができ、学生の協力を得ることができるという点で)と思料される。

そればかりでなく、疏甲第四五号証の二および原審における相手方審尋の結果によると、相手方は、本件処分当時特別な蓄財はなく、抗告人から受ける月額金四万三四六〇円の俸給と妻の収入月額約二万円とで夫婦二人の生活を維持していたことが認められるから、本件処分によつて抗告人からの俸給を受けることができなくなれば、妻の収入だけで家計を維持しなければならなくなるわけであり、その生活に多大の支障をきたすことは明白である。しかも懲戒免職という処分の性質からいつて、相手方が教育者としての体面と生活とを維持するに足りる収入のえられる職を他に求めることは至難であり、むしろほとんど不可能であることは常識的にみても疑いのないところであるから、相手方がその生活を維持するためには借金に頼るほか何かはなはだ無理なことをしなければならないように思われる。しかし、それとてももとより限度のあることであるから、相手方に対する処分が続くかぎり、相手方が遠からずして経済的破綻にひんするにいたるであろうことは予想に難くない。

したがつて、相手方はその研究の面でも、また生活の面でも本件懲戒免職処分によつて回復すること困難な損害をこうむることはきわめて明白であり、本件処分の効力を停止する緊急の必要があるというべきである。そして、本件記録を精査しても、本件処分の効力を停止することが公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを認めるに足る資料はなく、また、本件の本案が理由がないとみえる事情が認められる資料も全然ない。

してみると、本件処分の効力の停止を求める相手方の申立は理由がある(処分の執行または手続の続行の停止によつては目的を達することができない)ものとして認容すべきであり、結論において趣旨を同じくした原決定は相当である。

よつて、本件抗告を棄却すべきものとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 新村義広 市川四郎 中田秀慧)

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